ロッカ、モリナリ、マナセロ……イタリアゴルフの系譜
 

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週刊ゴルフダイジェスト 2018/08/14号
2018/08/17更新

ロッカ、モリナリ、マナセロ……
イタリアゴルフの系譜

 今年の全英オープンはビッグネームがひしめく混戦を制しフランチェスコ・モリナリが史上初のイタリア人メジャーチャンピオンに輝いた。イタリアゴルフの系譜をひも解くと……。

グラッツェ!

 イタリアには300以上のコースがあるが、ゴルフはメジャースポーツではない。そんななか、世界に名を知らしめたパイオニアが95年セントアンドリュースで開催された全英オープンでプレーオフに進出したコンスタンチノ・ロッカだ。最終日の18番で2打目をミスしながら第3打を直接カップにねじ込みひざまづくシーンはゴルフ史に残る名場面。90年代に欧州で5勝を挙げイタリア人として初めてライダーカップにも出場した。

 キャディ出身のロッカはプロ入り後も工場で働き遠征費を工面した苦労人。頭角を現してからはセベやオラサバルらスペイン勢と行動をともにし「スペイン語とイタリア語は似ているから」とゴルフ先進国の選手たちから貪欲に技を吸収した。

 その後、しばらくイタリア勢の活躍はなかったが05年の全米アマチュアでフランチェスコの兄エドアルドが優勝。プロ入りすると欧州ツアー2勝、日本でも09年のダンロップフェニックスに勝ったがケガで現在は弟の後塵を拝している。

 待ちに待ったイタリアの新星が登場したのは10年。同年のマスターズで史上最年少予選突破を果たしたマッテオ・マナセロだ。直後にプロ転向すると17歳188日の最年少記録で欧州ツアーのカステロマスターズに勝ち13年までコンスタントに4勝。しかし、25歳になった現在はスウィングに悩み低迷中。

 モリナリは「この優勝でイタリア人ゴルファーに刺激を与えられたらうれしい。兄もきっとケガを克服して以前のように2人で競えるようになる」。彼の影響でゴルフを志す母国の若者が増えるに違いない。

  
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