スコッティ・キャメロンを思ふ。 2008.11.6 公開


10月18日、19日の2日間、静岡県は浜松シーサイドゴルフクラブにて世界中のスコッティ・キャメロンパターのコレクターが集結する「スコッティ・キャメロン ミュージアム&ギャラリー ミーティング」が開催された。今年で3回目を迎えるこの集いに合わせて来日したスコッティ・キャメロン氏に自身のパターデザインへのこだわり、そしてこのようなファンミーティングが開催されていることについて聞いてみた。
「日本は住んでもいいくらい気に入っている地です。その日本でこのようなミーティングを開催できることは私にとって本当に意義のあることなんです。普通、博物館のようなものはその人が亡くなってから建てられることが多いのに、福田さん(浜松シーサイドゴルフクラブ)は私のクラフトマンシップを認めてくれ、“スコッティ・キャメロンミュージアム&ギャラリー(以下M&G)”を作ってくれたのです。
そこに多くのファンが年に1度集まってミーティングとゴルフをするようになった。ここで世界中のどこよりも早く発表する新作を皆さんに見せる瞬間ほど興奮することはありません。それは彼らがどれだけ私のパターを愛してくれているかを肌で感じるからです。
パターについてコレクター同士が語り合っている姿はとてもクール。そしてなにより言葉が通じないもの同士がゴルフを通して素晴らしい時間を過ごしている。これは他ではなかなかできないことではないでしょうか。ゴルフが全てをもたらしてくれているように感じています」。
世界中のトッププロはじめ、多くのゴルファーに支持されているその理由は何なのだろうか。キャメロン氏自身に聞いてみた。
「私はシングルハンデの父の影響で9歳の頃からパターを作り始めていたんです。その頃から人のために何かを作って喜んでもらうことに快感を覚えていたのかもしれませんね。人が喜ぶということは、自分が手渡したパターを気に入ってくれたという証拠です。もちろん素材や形などデザインで重要なことは一言では言い切れないほどありますが、私が最も大切にしていることは個人個人に合ったパターを提供することなのです。
そのために、私はスタジオを作りました。口で説明するだけではなく、自分がどのようなストロークをして、どのようなボールの転がり方をしているのかを目で見てわかってもらうためです。実際に体験することで、選手が何を必要としているのかを私も選手も理解することができるのです」。スタジオは事実を解明する場所だとキャメロン氏は言う。
最も印象に残っている出来事は?と聞くと開口一番答えたのが93年のマスターズの話だった。
「93年のマスターズは私にとって特別な試合になりました。ランガー特有のパターの握り方ができるように2本のグリップを繋ぎ合わせて、違反にならないように削ってテープで巻いたんです。その試合で優勝したことで“キャメロンとは誰なんだ”という噂が広まったのです」。
瞬く間に有名になったキャメロン氏だが、パターをデザインするスタンスは昔も今も全く変わっていない。ランガーのグリップも個人に合わせたもの。常に使い手が何を求めているのかを考えているからこそ、世界中のゴルファーに支持されるのだ。
今回のインタビュー中、キャメロン氏から音楽を流し続けて欲しいとのリクエストがあった。車などを運転している時も常に音楽をかけるというが、理由は他のことに意識を置かないとすぐにパターのことを考えてしまうからとのこと。それほどキャメロン氏の頭の中は、パターで人を喜ばせることでいっぱいなのだ。キャメロン氏が手掛けるパターを手にするということは、自分のゴルフを手に入れるということなのだ。
スコッティ・キャメロン SCOTTY CAMERON
1962年生まれ。カリフォルニア州グランデール出身。大学時代はゴルフ部に在籍し、卒業後レイクック社に入社。91年に独立し、93年のマスターズで一躍脚光を浴びる。94年にタイトリスト社と契約を結び、パターデザイナーとしての地位を不動のものとする。現在はメジャーを中心に年間で8〜9試合は試合に足を運び(その他の試合もスタッフが常駐)、選手の生の声を聞き、新しいパターのデザインに取り入れている。