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ゴルフ野性塾スペシャル
No65... 勝負と運について...(10/12)

超一流に運は不可欠か?
(前略)あの試合では、2人の技術を云々するよりも、勝ち運のぶつかり合いという印象でした。超一流といわれる選手は、皆強い勝負運を持ち合わせているように思います。もちろん、そこに到達するまでの努力は必要不可欠。しかし、努力を勝利に結びつけるのは、やはり運ではないでしょうか。
私も40数年生きてきましたが、人生の節目となる勝負どころで勝つも負けるも、その人の運であるという思いが強くなってきてるこのごろです。そして運の弱い人間は、所詮強い人間にはなかなか勝てるものではないと考えます。私の考えは、偏見と思われますか?

(札幌市 HC10)


心技体をつなぐ「流れ」です

ここのところ、私は観戦記者として多くのトーナメントを側面から見てきております。そして、世界一流、日本一流の男達を見るほどに、彼らの持つ勝負運に常に感服させられております。

強い人間、弱い人間の間には技術の差が多くあります。そして、それと同等の差の運というものもあるような気はします。強い人間ほど、自分の運、あるいはその時のゲームの流れというものを認識できるようです。弱い人間ほど、運というものに対する嗅覚は弱いような気がします。運とは体で知るもの、頭あるいは知識として知るものではないと思います。

勝負というものには肉体、精神、技術、また、それらをつなぎ合わせる運というものが、介在していくものでありましょう。私は「心技体」というものを骨にたとえるならば、運というものは骨と骨をつなぐ軟骨ではなかろうか、と思います。

勝負に関しては、運は絶対に必要だと思います。運を拒否するということは、運というものが見えていない人、あるいは必要以上に自己追求型の人、という気はします。ある地点からは「勝手にせい」という開き直りも必要と思います。

私はツアープロとしての戦績は三流、また己の運というものを見極める眼力というものも全くありません。しかし、ここ数年、側面から同業者を見てきた私の思いは、強い人間ほど、それぞれの運を見ており、強い人間ほど、運を多くつかんでいるのでは、ということです。

見えなければ、モノはつかめますまい。高い目標、大きい欲、これらは進歩する上において必要不可欠なるものであると思いますが、運というものも見極める、己に対する謙虚さもまた必要なのではと思います。

運は逃避の世界ではありません。攻撃、進歩の世界のものではないでしょうか。人を見、人を識る眼力。己を認識する謙虚さは勝負事の基本という気がします。人間の体、骨と骨だけでは歩けません。やはり骨をつなぐ軟骨は必要でしょう。

勝負も同様に、心技体という狭間に、競争の流れを変える運というものは存在しているように思います。

貴兄の考えを、私は偏見とは思いません。強い人間になかなか勝てないという心境には、多少のこだわりは感じますが、やはり運というものは存在すると思います。

ただ、負けた人間は、敗因を運に持っていくのは絶対にいけないことだと思います。運を前面に押し出せるのは、勝った人間の特権だと思います。運は、練習で得られるものと思っております。


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