金谷多一郎プロがゴルフ人生、結婚生活を振り返る

金谷多一郎プロがゴルフ人生、結婚生活を振り返る

  • 金谷多一郎プロがゴルフ人生、結婚生活を振り返る
  • プラチナ・ジュエリーに込める言葉以上の夫婦の深い想い
  • 永遠の感謝をプラチナに刻んで、妻へ。

結婚式も新婚旅行もナシ、プラチナリングだけでスタートした新生活

当サイト「一刀両断」でもお馴染みの金谷多一郎プロは、高校時代は全日本ジュニアを2連覇、大学時代も日本学生を2度制覇して、1984年プロテストに合格。鳴り物入りでプロゴルファーの仲間入りを果たした。しかし、当時のゴルフ界はアマチュア時代にいくら実績を残していても、今のように新人選手がメーカーと莫大な額での契約を結ぶことはなく、当時は「貯金はゼロ。生活設計も立てられない状態でした」という。

そんな中、プロ入りの翌85年に同じくプロゴルファーの智美さんと結婚、新しい人生をスタートさせた。
「お互いプロゴルファーということもあり、2人の時間をなかなか作れなかったんです。貯金もなく、その先ツアーでどれだけ稼げるのか分からない状況でしたが、2人で頑張っていこうと結婚を決意したんです」

資金がほとんどなかったため、結婚式も新婚旅行もなく、新しい人生を歩み始めた金谷夫妻。ただ、プラチナの結婚指輪だけは当時から2人の左手の薬指で輝き続けていた。

「プラチナは汗をかいても温泉に入っても変色、変質しないんですよね。だから結婚指輪に選びました。結婚以来、プレー中もお風呂に入るときも寝るときもずっと外さずにいるんですよ」

記念すべき初優勝しかし妻・智美さんのお祝いは…

85年の結婚からから現在に至るまでプラチナ・リングを付け続けている金谷プロに、「Thanks Days Platinum(サンクスデイズ・プラチナ)」について聞いてみた。

これは、退職や夫婦の人生の記念日などに感謝の気持ちを刻んでプラチナ・ジュエリーを贈る習慣のこと。プラチナの“永遠に輝きを失わない”という特性から、最近は、「永遠に変わらない夫婦の心の結びつきを表現している」と、「サンクスデイズ・プラチナ」を実践する夫婦が増えているのだ。

「素敵な習慣ですね。ただ僕たちもプレゼントをあげたりもらったりはしますが、他の夫婦が考えるプレゼントとは少し違う面もあるかもしれませんね」

例えば、87年に金谷プロが初優勝したとき。試合後、真っ先に妻に連絡するのが一般的だろうが、金谷プロは優勝の報告を智美さんにしなかったという。それに自宅には親族や関係者など各方面からお祝いの連絡があったはずで、金谷プロが家に帰る頃には智美さんも優勝したことを知っていたはず。だが、「帰宅してもプレゼントどころか『おめでとう』の言葉もありませんでしたよ(笑)」

プレゼントをすることで当時の思い出が鮮明に記憶される

一見、冷めているように感じるかもしれないが、これには金谷夫妻にしか分からない「絆」があるようだ。「優勝や予選落ちというのは、あくまでも結果の話。どんな試合でも悔いなく一生懸命プレーできたかどうかが大事なんです。僕達はそういう要素に満足感や価値観があると思っています。そういう感性が合うからこそ、妻と一緒になったのかも知れませんね」

では、金谷プロにとってプレゼントの意味とは? 「今までのプレゼントでいくつか思い出すのは、モノ自体よりもプレゼントをあげたりもらったりした、その当時の2人の空気感や場面、表情ですね。プレゼントをすること、されることによって、その時の気持ちが記憶されるような気がします。モノ自体の価値はもちろんですが、そういう意味でも『サンクスデイズ・プラチナ』の習慣は素晴らしいと思いますよ」

そんな「プレゼント観」を語ってくれた金谷プロは、クリスマスや誕生日など、一般的な記念日以外にもプレゼントや、お土産を智美さんに買っていくことが多いそうだ。

「一緒にいない時、例えばショッピングをしたりおいしいものを食べた時は、常にお互いに『相手に似合うかな、食べさせてあげたいな』と思って買っていったりしていますね」

金谷多一郎

1960年東京都生まれ。日大ゴルフ部は主将を務め、日本学生、日本学生文部大臣杯など数々のタイトルを獲得。84年にプロ入りし、85年に同じくプロゴルファーの智美さんと結婚。87年には初優勝を飾る。その後、ツアープロからレッスンなどを中心とした生活にシフトし、97年にレッスン・オブ・ザ・イヤーを受賞。卓越したスイング理論がプロ・アマチュアから高い支持を集めている。来年は結婚25周年で銀婚式を迎える。