Golfな女性たち Vol.7 ティーチングプロ 大石優子さん 2011.02.10 公開

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Golfな女性たち Vol.7 ティーチングプロ 大石優子さん

ティーチングプロなんてまったく想像していませんでした

  • ティーチングプロなんてまったく想像していませんでした
  • 大人になって始めた私だから教えられることもある
  • 女性は「もっと振る」ことを心がけてほしい

「うまくいかない」から逆にのめり込みました

ゴルフを始める前は、まったく興味がありませんでしたし、やっぱり「オジサンがやるスポーツ」としか思っていませんでした。ですが、21歳のとき、周りの友だちのなかでちょっとオシャレなスポーツといった感じで流行りはじめ、私もレッスンスタジオに通うようになりました。それで、すぐにゴルフにハマってしまいました。


私は学校も体育系で、運動神経はそこそこあったと思います。スポーツ全般が好きですし、バレーボールや卓球など、球技もいろいろやってきていました。ですが、ゴルフほどうまくいかない球技は、初めてだったのです。思ったようにうまくいかず、本当に悔しくて、それでハマってしまいました。元来の負けず嫌いの性格が出た感じですね。

4年目で70台のスコア「私ってうまいんじゃないの?」

レッスンスタジオに通いはじめてから2、3カ月後、コースデビューをしたときは、170〜180ぐらいという、もう数えられないぐらいのスコアでした。ですが1年で100を切り、2年で90を切り、4年目で70台のスコアが出ました。それまでは83とか84ぐらいだったのがポーンと出ちゃったんです。それで「私、うまい?」と思ってしまいました(笑)。
私は18歳ぐらいからモデルの仕事をしていたのですが、当時、年齢も重ねてきて、これからもずっとそれで生活していけるわけではないことも自覚していました。何か仕事を見つけなければいけないなと思っていたんです。そんなときに70台! そこで、ゴルフのプロになろうと思ったわけです。


もちろん、もう遅いことはわかっていたのでツアープロになろうとは思いませんでした。私は、かつては体育の先生になりたいと思っていましたし、学生時代には水泳のインストラクターをやったこともあり、人に教えるのも嫌いではありませんでした。そこで、資格をとってティーチングプロになろうと思ったのです。

でも、もちろん70台のスコアが出たからといって資格がとれるわけではありません。いろいろ勉強もしないといけません。そこでモデルの仕事もやめ、それまでの貯金を使ってオーストラリアにゴルフ留学に行くことにしました。

失敗は頭にありませんでした、実現後のことばかり考えていました

もう、1年のうち360日はゴルフをしていた感じです。朝はトレーニングで、それからラウンドをし、夕方は練習。そして夜にはまたトレーニングといった生活で、本当にゴルフ漬けの毎日でした。
1年の予定でしたが半年延長して、結局オーストラリアには1年半留学していました。それで帰国し、翌年の資格テストに受かって、ようやくその次の年からアシスタントのような形でこの仕事を始められるようになりました。

十数年前は、もちろん今の状況は想像もできませんでした。もうとっくに結婚して、家庭に入って、子どもがいてというようなことを思っていました。ティーチングプロになることは、周囲はもちろん反対しましたし、みんな無理だと言っていました。私、親から反対されたことばかりやってきているんです(笑)。モデルも大反対されましたし、ティーチングプロになることも大反対。でも、「来月から留学するから」という感じで、決まってから報告するんです。いま思えば、うまくいったから良かったなという話なのですが。


でも、目指しているときは、「本当になれるのかな」と不安になったりするようなことはありませんでした。失敗は頭になかったんです。「絶対になる」としか思っていませんでしたし、ティーチングプロになってからのことばかり考えていました。資格をとって、次にこれで、それからこれで、A級のティーチングプロになるのは○年後か、と。

大石優子
兵庫県神戸市出身。21歳のときにゴルフに出会い、その後オーストラリアにゴルフ留学。帰国後、ティーチングプロの道に。現在、日本女子プロゴルフ協会ティーチングプロフェッショナル資格B級。ヒルズゴルフアカデミー虎ノ門(東京・虎ノ門)やダンロップクラブハウス広尾(東京・広尾)などで、レッスン活動を精力的に行っている。
 

 
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