最終更新日 2007年8月23日
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“ボナリ”とは“母成”と書き、磐梯朝日国立公園にあるので、紅葉のメッカだけれど、錦秋の時季に行った覚えはない。ただし、友人の細田栄久カメラマンがクラブのオフィシャル・フォトグラファーで、四季折々に撮影に行くらしく、彼の写真で紅葉真っ盛りの景観を愉しんだ覚えはある。会津磐梯山、安達太良山や吾妻連峰の全山が火のように燃える時季に、一度は訪れてこの目で見たいと思ううちに歳月が過ぎてしまっている。標高850メートルの高原は温泉とスキー場の山郷だから、冬はクローズになる。行くなら、新緑か紅葉の季節だろう。 もともとこの地は硫黄鉱山が多く、コース予定地の一部に、精錬した硫黄廃棄物の処理場があったので、土壌改良のために完成まで15年の歳月が必要だったらしい。その我慢強いオーナーは長崎で「大村湾CC」を経営する辻田昌徳氏で、化学的に改良された土壌にオール・ベント芝のコースが完成すると「待った甲斐がありました。完成度の高い、美しいコースに満足しています」といったもの。 確かに美しいコースで、それは米国人コース設計家とその造形スタッフの審美眼によるもの。360度のパノラマ・ビューが広がる土地に日本庭園風なレイアウトは似合わない。こじんまりした手作業の造形では、借景の大きさに負けてしまうからである。その点、大型ブルでグリーンやマウンドを造形する米国式造形はラインが大きく伸びやかになり、背後のスカイラインにマッチする。特に、四葉のクローバーのような形のバンカーが白砂を際立たせる様子はダイナミックな景観演出に寄与しているのだ。 プレーした日、カメラを肩にしてコース内を歩く米国人に遭遇した。訊くと、「私がこのコースをデザインしたR・フリームです」と挨拶された。「私はゴルフをプレーするよりも、山登りと自分の造ったコースを写真に収めるのが趣味なんだ」という。1942年、カリフォルニア州生まれというから私と同世代だが、登山帽を取った頭にラフがないので、かなり年上に見えたものだ。 |
以来、フリームとはメール友達になり、クリスマス時季には自作のコース写真をあしらったグリーティング・カードが毎年届く。自慢するだけあって、陰影のあるコース写真は秀逸なもので、次はどこの国のコース写真か? と楽しみにするようになった。 というのは、カリフォルニアに設計事務所“ゴルフ・プラン社”を構える彼だが、自国よりも外国での仕事が圧倒的に多い。これまで、世界50カ国に200コース近くを設計した。「10年ほど前に勘定したら、1年間に140回も飛行機に搭乗したことがあった」というほどなのだ。 それも、ボルネオやマレーシアの熱帯雨林、チェニジアの砂漠、フィンランドの北極圏に近い樺の森など、辺境地を開拓してコースを造成する仕事が多いらしい。そういえば、クアラルンプールの郊外にあった「サウジャナG&CC」はマレーシア・オープンの開催コースで有名だが、36ホールのネーミングが“コブラ”と“クロコダイル”で、本当に蛇やワニが出そうなコースだった。 しかし、ゴルフをプレーしない設計家のわりに、各ホールの戦略性とメモラビリティ(記憶に残る印象度)は秀逸で、一度プレーしただけでホールの個性が記憶に焼きつく。 それもそのはずで、彼はカリフォルニア工科大を卒業し、ワシントン州立大で芝草管理学を修めた後、多くの設計家に師事した。R・T・ジョーンズ、R・M・グレイブス、P・トムソン(全英オープン5回優勝の豪州プロ兼設計家)と共同で仕事をこなし、1980年に独立した。以来、辺境の地でも厭わずにコース設計をしたのだから、ここボナリ高原で土壌改良のために費やした10余年など、おやすいご用だったに違いない。
さて、ボナリ高原GCで最もフォトジェニック(写真写りの良い)なホールは3番、530ヤードのパー5ホール。それはフリームも認めるところで、彼の名刺にもこのホール写真が使用されていた。 ティに立つと、60メートルの崖越しにフェアウェイが斜めに横たわり、プレーヤーの飛距離に応じてターゲットを決めるように強いられる。そう、距離を稼ごうと思えば硫黄で黄色く風化したような絶壁を大きなキャリー・ボールで越さなければならない。フェアウェイはS字に曲がるので、セカンド・ショットでもクローバーの葉型バンカー群を越す必要があり、なんともディマンディングな(要求度の高い)ホールなのだ。それだけでは終らず、高い場所にある砲台グリーンは14番ホールとのダブル・グリーンで、大きなコンター(起伏)があるので、ピンの位置次第では3パットの危険が待っている。 ここだけではない。すべてのホールが攻略ポイントを明確にしているので、いいスコアを求めるにはターゲットは恐ろしく狭い。いわば、狙い定めたポイントを精度あるショットでつないでいく“ターゲット・ゴルフ”を強いられる。まさに、“美しい花にはトゲがある”という諺通りのコースである。 |
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1941年、横浜生まれ。早稲田大文学部卒業後、(株)ゴルフダイジェスト社に入社。 月刊、週刊「ゴルフダイジェスト」誌、隔月刊「チョイス」編集長を経て、1996年にゴルフ・ジャーナリストとして独立。ゴルフは『メイプルポイントGC』のハンディ7。 訳書に『コースに恐怖を持ち込んだ男、ピート・ダイ』(小池書院刊)がある。 『週刊ダイヤモンド』誌で「日本のベスト・コース150」、「世界の名ホール探検」などを連載。 日本ゴルフ協会広報参与。関東ゴルフ連盟広報委員。 |
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