最終更新日 2007年3月1日
隣国の韓国・済州島が意外に近いところにあると実感したのは、この島にある「ピンクスGC」を視察したときのことだ。帰路、済州島から福岡・米子と飛行機を乗り継いで、鳥取の「大山GC」(上田治設計)へちょっと寄り道するという行程が何の苦労もなくこなせたからである。行きは成田空港から、帰りは羽田空港だったので、駐車場に預けっぱなしのクルマを引き取りに行く余計な労力が必要だったが、こんなアクセスが可能なほど“最も近い隣国”なのだ。 女子プロが大挙して米ツアーに参戦しているし、韓国のゴルフ・ブームはすでに耳にして久しい。ソウルからジェットで1時間かかる済州島は高級リゾート開発が盛んで、中でも「ピンクスGC」が1999年に誕生してすぐに米国ゴルフ誌の“世界のベスト100コース”で72位(2006年版)に選ばれたのには理由がある。テッド・ロビンソンの設計もさることながらホテル、クラブハウスなどの建築物が素晴らしく、韓国の文化・風土を洗練された形で感受できるからだろう。建築家の伊丹潤も金原周社長も在日韓国系で、己の出自に誇りを持ち、韓国の風土に溶け込んだ文化遺産を誇り高く構築していると思えた。 特に金原社長と食事をとっていたとき、アワビ料理を前にして「私の母は中文沖の海でこのアワビ漁の海女をして、私を育ててくれました」と語ったのが印象的だった。関西学院大、ソウル大に学び、神戸で「本家・かまどや」(ケイタリング業)の起業で成功した金原氏にとって、このリゾート開発は故郷への恩返しなのだと納得した。 これだけ韓国文化で彩ったリゾート施設なのに、なぜコース設計が米国人なのか? それに答えた金原氏の言葉に、僕は驚いた。「ゴルフ部にいた学生時代、愛読していたゴルフ誌“チョイス”にロビンソン氏のインタビュー記事があり、彼の設計ポリシーに共鳴したからです。“万人に好かれるレイアウトをリーズナブルな予算で合理的に設計する”デザイナーだと知ったからです」実は、この記事は僕が書いたもので、その奇遇さにしばらく声も出せなかった。 |
テッド・ロビンソン設計のコースは27ホール(内9ホールはパブリック)とも緑したたる洋芝だ。ハンラ山(標高1,950メートル)を背景にした丘陵に広がり、“水の魔術師”と呼ばれる設計家だけにウォーター・ハザードが適度な緊張感を生むアメリカン・タイプ。特にバンカー群が大きくて深く、日本の「廣野」で体験する“アリソン・バンカー”以上に脅威なのだった。例えば、ウェスト・コース9番(409ヤード)はフェアウェイ右に池、砲台グリーンの前にクリークが横切る難度の高いパー4ホール。「最終ホールはディマンディングな(要求度の高い)パー4ホールがいい。その日のゴルフの仕上げなのだから、生涯の記憶に残るようなショットをして欲しいからさ」と劇的なフィナーレを演出する設計家の言葉を思い出した。昨年の韓国ゴルフ誌が選んだ“ベスト18ホール”に、この9番と5番(217ヤード・パー3)が選ばれたと聞いた。すでに全国で300近いコースの中から、2ホールが選ばれる確率を考えてみて欲しい。 それでも金原社長のリゾート開発はまだ続いており、隣接地に総合保養施設を建設、別荘や伊丹潤設計の美術館などを手がけている。ハンラ山と銀色に輝く済州の海を見る丘全体が人間と自然の調和するユートピアを造り上げようとしているのだ。 もうひとつある。日韓友好のシンボルとして“ピンクス・カップ”という女子プロ対抗戦が7年前から始まっている。ホーム&アウェイで開催されるが、今年(2007年)の第8回がピンクスGCで12月1日(土)〜2日(日)に行われる。ちょっと寒い時期で両国のトップ・プロには気の毒だが、韓国選手は米ツアーの終った直後ながら精一杯のプレーを見せ、過去の戦績も圧倒的に韓国の勝利が続いている。だから、日本側の開催コースがその都度変わるのと、真の実力者でチーム編成しにくい事情は何とかならないのだろうか。このイベント開催も金原社長の日韓友好の印なのだから、もっと注目されていいと思う。 ともかく“最も近い隣国”に、モダン・アートの美術館のようなホテル、海鮮料理と戦略性の高いコースが融合する桃源郷があって、誰でも一度訪れたら、もう一度行きたくなることは請け合いである。(これはちょっと褒めすぎかな?!) 写真:ピンクス |
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1941年、横浜生まれ。早稲田大文学部卒業後、(株)ゴルフダイジェスト社に入社。 月刊、週刊「ゴルフダイジェスト」誌、隔月刊「チョイス」編集長を経て、1996年にゴルフ・ジャーナリストとして独立。ゴルフは『メイプルポイントGC』のハンディ7。 訳書に『コースに恐怖を持ち込んだ男、ピート・ダイ』(小池書院刊)がある。 『週刊ダイヤモンド』誌で「日本のベスト・コース150」、「世界の名ホール探検」などを連載。 日本ゴルフ協会広報参与。関東ゴルフ連盟広報委員。 |
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