最終更新日 2007年6月21日



古市忠夫はラウンド前と後に必ず、ホールに向かって帽子をとり深々とお辞儀をする。ゴルフできることへの感謝の気持ちからだ 「震災から3ヶ月たって初めてのゴルフの時、嬉しくて自然に頭下げてました。その帰り車の中でぼろぼろ泣いて、涙が止まりませんのや。この時、ゴルフできることへの感謝を心底から感じたんですわ。震災前なんか、そんなこと、かけらもありませんでした」
頑張れることへの感謝――、実はこれこそが「古市忠夫」を今日たらしめた原動力であった。そしてそれを教えてくれたのが、何あろう阪神淡路大震災であったのだ。

「まず、生き残ったことに対する感謝ですわ。そして自治会長、消防員として町の復興に全力を出して頑張りましたが、その頑張りも、よう頑張らせてもらったなあという感謝があればこそ、その後のW奇跡"は起きたということです」 自宅兼店舗すべて、焼失したが、唯一残った家財道具がゴルフクラブセットだった。立ち退きのため、たまたま遠くの駐車場に置いてあった、それも焼け残った一部の車の中に残されていた。この啓示的な奇跡にも古市は感謝するのだ。 しかし、その時も「まさか、5年あとにプロゴルファーになれるなど思いもしなかったですわ。ただチラッとゴルフで食べていければなーという思いは頭をかすめたのは確かです」と、古市は述懐する。 すべてを失った古市はそれこそ町の復興に全力を傾注する。その中でゴルフへの情熱がむくむくと頭をもたげてきたのだという。96年、所属する大神戸ゴルフ倶楽部の10回目のクラブチャンピオンに輝いた。30歳の時、路上素振りからゴルフをはじめ、震災後は町の復興に忙殺される中での快挙だった。 そこから古市の人生は本人も信じられないほどの展開をみせていく。97年、シニア認定プロ、そして2000年にはPGAプロテストに合格する。60歳目前で合格したため「還暦ルーキー」と呼ばれ、「ゴルフは力や技術やない。心の格闘技や」の名言を残してもいる。02年関西プログランドシニアでプロ初勝利。05年には日本プログランドシニアでも優勝と一気に駆け上っていく。これまでプロ7勝。
